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『石川保険医新聞』5月号「ザ・公衆衛生(6・7面/放射線障害)」の全文
緊急特集:放射線障害 福島原発事故では内部被曝が問題
2011年4月22日 服部 真

 東北関東大震災により、福島第1原子力発電所(以下、原発)がチェルノブイリ事故に匹敵するレベル7(最大級)の放射能漏洩事故を起こしました。原発施設内では短時間でも生命に危険がある高い放射線量が検出され、下請け孫請けを含む多くの原発労働者が被曝しました。放射能漏洩は今後も数ヶ月から年単位で続くとされ、周辺地域住民に内部被曝による発がんなどの確率的健康影響と貧困や孤立などの社会的健康影響をもたらす恐れがあります。
 政府や東京電力は内部被曝のリスク評価に必要な放射能漏洩推定量を1ヶ月余りも隠していました。各地で高い放射線量が観測されているのに、「ただちに健康に問題はない」をくり返したため、逆に、不安と不信が広がりました。

外部被曝と内部被曝

 テレビでは放射線の専門家の多くが、外部被曝と内部被曝を混同しています。
 外部被曝は体外から照射されたγ線(電磁波)と中性子線(中性子の衝突)が原因で、エネルギーの大きい中性子線がより危険です。福島原発では地震直後に臨界(核分裂の連鎖反応)を停止させたため、中性子線放出は免れました。X線は核反応を伴わない、機械から発生したγ線です。
 内部被曝は、放出された放射能水蒸気や汚染水、爆発によって飛散した塵に含まれる放射性物質が呼吸や飲食により体内に入り、臓器に集積することです。内部被曝では放射性物質が自然に核崩壊を起こす際に出るα線(ヘリウム原子核の衝突)やβ線(電子の衝突)が危険です。α線は周囲40マイクロmの細胞に集中的な影響を、β線は周囲10mmに強い影響を与えます。
 γ線によるDNA傷害は少量なら細胞内で修復可能ですが、α線やβ線ではたとえ少量でも周囲の細胞はDNA傷害が強いため、細胞内では修復出来ません。傷害を受けた細胞は生体の免疫機構により処理されますが、一部はDNA傷害を持ちながら生き残り、細胞分裂をくり返すうちにがん化し易くなります。この違いを理解しないと内部被曝の危険性は認識できません(図1)。


図1 内部被曝と外部被曝(http://www.cadu-jp.org/data/yagasaki-file01.pdfを筆者が一部修正)

 内部被曝が1回だけの場合は、放射性物質は徐々に体外に排出され(生物学的半減期)、残りも核崩壊して安定した物質に変わり(物理学的半減期)徐々に減少します(図2)が、環境が汚染されると摂取が継続するため、被曝量が日々累積していきます。
  妊婦や乳幼児を含む公衆の内部被曝が問題となる場面で、安全性の評価に職業労働者の外部被曝や必要があって行う医療の外部被曝の基準を用いるのは全くばかげた話です。日本の政府や放射線専門家の多くが被曝の危険性の基本を知らないで、原発を推進していたことがよくわかりました。


図2 原子力百科事典(ATOMICAhttp://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/09/09040209/01.gif
より引用

代表的な放射性物質

 ヨウ素131131I)は甲状腺に集積し、生物学的半減期約100日、物理学的半減期約8日で、傷害は摂取後1-2週間に集中します。傷害を受けた甲状腺細胞がその後分裂をくり返していくうちに、数年から数十年後に甲状腺がんが増加します。
 セシウム137137Cs)は全身に分布し、生物学的半減期は約100日、物理学的半減期30年と長く、傷害が持続します。ストロンチウム9090Sr)は骨に集積し、生物学的半減期50年、物理学的半減期28年、プルトニウム239239Pu)は肺、骨、肝臓に集積し、生物学的半減期40年、物理学的半減期2万年で、一度被曝すると傷害が一生続きます。
 体内で最多の天然放射性物質はカリウム4040K)で約4000ベクレル存在し、生物学的半減期1ヶ月、物理学的半減期10億年以上、大気中に多いラドン222222Rn)は物理学的半減期4日です。

外部被曝・内部被曝の測定と単位

 放射能の強さは1秒間に原子核が崩壊し放射線を出す回数で、単位はベクレル(Bq)です。また、人体の組織や放射線の種類により傷害を受ける程度が異なるため、その場所にいる人が受ける影響の大きさを実効線量と呼び、単位はシーベルト(Sv)です。
 各地で測定してる放射線は主にγ線で、放射性物質からの距離の2乗に比例して減衰し、大まかには浴びた時間に比例して影響が出ます。
 中性子線の測定は極めて困難です。中性子線量は核反応の強さに比例し、約15kgのウランが19時間にわたり臨界を起こしたJCO事故では、中性子線が200m離れた時点で1ミリシーベルト/時、600mで0.01 ミリシーベルト/時と推測されており、距離が2倍になると線量が1/10に減少しています
http://cnic.jp/jco/jcac/reports/2002/350/JCO2002_350full.pdf)。
 内部被曝の測定には、体内から出る微量の放射線を測定する体外計測法(ボディカウンター)と排泄物を分析するバイオアッセイ法があります。いずれも大勢を測定することは困難で、敷地内で高線量被曝した作業者では測定されたようですが、詳しい結果は報告されていません。福島原発周辺地域住民に行われた測定は衣服や皮膚表面の放射能汚染を調べる検査であり、内部被曝の検査ではありません。
 現実には、空気や水・食品中の放射性物質の濃度(ベクレル/kg)と摂取量(kg)から内部被曝量(ベクレル)を推定します。放射性核種毎に生体影響の強さが異なり、それを示す実効線量係数(ミリシーベルト/ベクレル)が決められています。
 1万ベクレル当たり、222Rnは吸入で0.007 ミリシーベルト、40K は飲食で0.06ミリシーベルト、131Iは吸入飲食とも0.2ミリシーベルト、137Csは吸入で0.4 ミリシーベルト、飲食で0.1ミリシーベルト、90Srは吸入飲食とも0.3ミリシーベルト、239Puは吸入で83ミリシーベルトです。天然の放射性物質である222Rn 40Kに比べて、131I、137Cs、90Srは5-50倍、239Puは1000-1万倍危険です。
 最終的に内部被曝の影響の大きさは、成人は50年間、子どもは70歳になるまでの期間に、体内に留まる放射性物質からの被曝の累積を示す預託線量(単位はシーベルト)で表します。天然の内部被曝は年にラドン222Rn)吸入による1.15ミリシーベルト、食品中の40による0.17ミリシーベルトです。
 原発周辺地域の放射線測定値は原発から出た放射線ではなく、その場所(空気中や土壌)にある放射性物質131I137Csなど)から出た放射線であり、そこに放射性物質があることを示す指標として理解することが大切です。

放射線の確定的影響と確率的影響

 放射線は直接的にはその物理的エネルギーによって、間接的には核内にラジカル(活性酸素など)を発生させることによって、DNAやミトコンドリアを傷害します。特に、細胞分裂時に被曝するとDNAが傷害を受けやすいことが分かっています。
 傷害された細胞は破壊され、細胞分裂が妨げられ、生体の免疫機構により処理されますが、一部は、DNA傷害を持ちながら生き残り、傷害されたDNAが複製され、細胞分裂をくり返すうちにがん化しやすくなります。遺伝子レベルの傷害は生涯、時に次の世代にも続きます。細胞分裂が盛んな胎児や乳児の細胞は傷害を受けやすく、また、がん化もしやすいため、放射線などDNAを傷害するものは可能な限り減らすことが原則です。
 放射線障害には被曝後数ヶ月以内に起こる確定的影響と生涯続く確率的影響があります。確定的影響にはこれ以下の被曝なら影響が出ない値(閾値)があり、一時的な被曝では、最も敏感とされるリンパ球減少は100ミリシーベルト、精子の減少は150ミリシーベルト とされています。1000ミリシーベルト以上で急性放射線症候群(消化管、造血器、脳神経、皮膚などの障害)を起こし入院治療が必要で、2500-5000ミリシーベルトで50%が死亡します(緊急被ばく医療「地域フォーラム」テキストttps://www.remnet.jp/lecture/forum/index2.html)。
 低線量長期被曝による累積で上記の閾値を超えても確定的影響が起こることはなく、政府が「100ミリシーベルト以下では直ちに健康に影響が出ることはない」といっているのは確定的影響のことです。
 一方、確率的影響は被曝線量に応じてがんや様々な病気になる確率が高まる現象で、被曝者すべてが病気になるわけではありません。確率的影響の研究として最も信頼性が高い日本の原爆被爆者寿命調査で、35ミリシーベルト以上は被曝量に比例して有意に発がん率が増加し、20ミリシーベルトでも増加傾向が指摘されています(図3)。
 世界保健機関は天然の放射性物質222Rnでも、屋内濃度が100ベクレル/m3増加する毎に肺がんが10-20%直線的に増加するため、低減対策が必要と勧告しています(WHO Handbook on Indoor Radon 2009 http://whqlibdoc.who.int/publications/2009/9789241547673_eng.pdf)。
 これらの結果から、確率的影響には安全域(閾値)がないとする直線仮説(LNT)が採用され、世界中の被曝許容限度が決められています。


図3 ATOMICA(http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/09/09020306/08.gif)より

放射能漏洩事故の社会的健康影響

 放射線による直接影響以外に、避難などによる生活被害や貧困化、被曝による不安や心理社会的ストレス、風評被害を含めた被曝者としての差別や孤立など様々な間接影響があります。低線量被曝による死亡率の増加は多く見積もっても1.5倍以下ですが、社会的健康影響では死亡率1.5倍以上の影響が予想されます(石川保険医新聞「ザ・公衆衛生」連載を参照してください)。
 国や自治体の責任で、被曝の予防と合わせて、被災者の生活を安定させ、孤立を防ぎ、ストレスを緩和する社会的援助や連帯が求められています。

被曝に安全域(閾値)はあるか?


 近年、低線量被曝では発がんの増加がないという論調が見られますが、それは間違いです。広島でも1995年までに5-100ミリシーベルトの低線量被曝者はそれ以下に比べて白血病で6%、固形がんで2%の有意な過剰死亡が認められており、心配がないという論調は正確にはその程度の増加は他の原因でも起こる程度なので気にするなという主張です。
 チェルノブイリでも、以前は小児の甲状腺がん以外の健康障害が観察されないという報告が多かったのですが、最近になって小児白血病や成人でも甲状腺がんや乳がんの増加が報告されてきました。。
 また、動物実験で150ミリシーベルトまでの低線量被曝を与えると次の高線量被曝による死亡率が低下する現象(適応応答)など低線量放射線には健康によい影響もあるとするホルミシス仮説が提示される一方で、1ミリシーベルト程度の超低線量を細胞核以外や隣の細胞に照射してもDNAが傷害されることがわかり、バイスタンダー効果と呼ばれています。傷害された細胞等から出るシグナル(IL8などのサイトカイン)が伝達されるためと考えられています。
 適応応答とバイスタンダー効果を同時に確認した動物実験では、適応応答はγ線で、バイスタンダー効果はα線で起こっています(http://www.iips.co.jp/rah/spotlight/kassei/final_4c.htm)。
 同じ低線量被曝でも、外部被曝のみの場合と内部被曝を伴う場合では危険性が異なる可能性もあり、内部被曝では従来の予測以上の細胞傷害やDNA傷害が発生する危険性が論じられています(原子力安全委員会http://www.nsc.go.jp/senmon/shidai/keisakuwg/keisakuwg009/siryo2s.pdf)。
 広島原爆低線量被曝者の追跡データを広島県や岡山県の全住民の死亡率と比較した研究では、推定被曝量が5ミリシーベルト未満の集団でも全死因や全がんの標準化死亡比は1.1-1.3で有意に高く、100ミリシーベルト以上では1.5で明らかに高いという結果でした(Environmental Health and Preventive Medicine(2008)13:264-270)。
 増加した死亡のどれだけが放射線の直接影響でどれだけが社会的要因の間接影響かを区別することは出来ませんが、広島原爆の低線量被曝集団から発生したがん死亡の1-3割程度は被曝に関連する超過死亡であったことを示唆しています。
 現時点では、低線量放射線の発がん性など確率的影響について、ここまでは安全という合意された範囲はありません。

チェルノブイリ原発事故の健康影響

 1986年に旧ソ連(現ウクライナ)のチェルノブイリ原発が水蒸気爆発を起こし、10日間以上にわたり、1018から1019ベクレルの放射性物質が環境中に放出されました。137Csの高濃度汚染地域は距離により均一ではなく、原発の風上(南側)には少なく、風下(北側)では数百キロ離れた所まで、低濃度の汚染はヨーロッパ全域に広がりました(図4)。


図4 チェルノブイリ原発事故による汚染は風向きにより600km以上まで広がった
 137Cs汚染レベル(1Ci(キュリー)は37ギガベクレル、1Ci/km2は3.7ベクレル/cm2)
http://uu-life.jugem.jp/?day=20110321

 134人の原発労働者が白血球減少などの急性放射線障害を起こし、年内に28人が死亡しました。50万人以上の労働者が原発や汚染地の清掃・復興作業に動員され被曝しましたが、そのうち、半数以上の被曝量が推定され(中央値約100ミリシーベルト)、健康調査が続けられています。また、汚染地の住民は520万人(被曝後10年間の推定被曝量約10ミリシーベルト)に及んでいます。
 国連科学委員会(UNSCEAR)の2008年報告書http://www.unscear.org/docs/reports/2008/11-80076_Report_2008_Annex_D.pdf
、および、英国物理学会(IOP)の総説(2011年http://iopscience.iop.org/0952-4746/31/1/E02/pdf/0952-4746_31_1_E02.pdf)によれば、これまでの所、健康障害は主にチェルノブイリ周辺1000km以内のウクライナ、ベラルーシ、ロシアで確認されています。
 ベラルーシ国内で10歳以下の小児の甲状腺がんの件数が被曝後5-10年の5年間に約5倍増加しましたが、事故後に生まれた小児では以前のレベルに回復しました。しかし、事故当時18歳以下の年代の甲状腺がん発症は2005年まで(その後は未発表)増加し続けています。低レベル被曝での甲状腺がんの増加は症例対照研究やコホート研究でも確認されています。被爆時成人だった年代では、これまでに甲状腺がんの増加は確認されていません。
 他のがんについては、最近の研究で増加が観察され始めています。復興作業者で被曝線量に比例した白血病の増加(A. Y. Romanenko, et al, 2008)、症例対照研究で被曝線量に比例した小児白血病の増加(International Consortium for Reserch on the Health Effect of Radiation, 2005)、ウクライナの症例対照研究で10ミリシーベルト以上の被曝で当時5歳以下の白血病が2.2倍に増加(Andriy G, 2010)、40ミリシーベルト以上の汚染地住民で1996年までは変化しなかった乳がん発生が1997年以降に増加(ウクライナ1.8倍、ベラルーシ2.4倍)などが報告されています。
 がん以外では、復興作業者で被曝量に比例した白内障や脳・心血管障害の増加が少数報告されていますが、がん同様、更に長期間の観察が必要です。
 チェルノブイリから1000km以上離れたヨーロッパ諸国では明らかな健康障害は観察されていません。そのため、極めて低線量のリスクを汚染地以外の大きな集団に適用することは適切でないとされています。
 しかし、元来、確率的影響は発症率が低く、被曝量の推定精度も低いことに加え、放射線以外に多くの要因が関与するため、発症率や死亡率のわずかな変化は検出が困難です。
 これまでに観察出来ないから安全だという結論を出すのは時期尚早で、広島の被爆者を上回る規模と精度の研究データを積み重ねることが今後の課題です。
 以前には観察出来なかった影響が時間の経過と共に徐々に観察されてきています。特に、影響を受けやすい事故当時に胎児や乳児だった被曝者ががん多発年齢に達するのは数十年後であるため、その後でないと結論は出せません。

外部被曝の許容値、限度値

 国内法令の外部被曝線量限度は居住区域の環境が3ヶ月で0.25ミリシーベルト(1年で1ミリシーベルト、1時間に平均約0.1マイクロシーベルト)で、目標値は年0.05ミリシーベルトです。一般住民では、妊婦の腹部が妊娠中累計2 ミリシーベルト、女子(妊娠不能等を除く、以下同じ)が3ヶ月で5 ミリシーベルト、原発作業者や医療従事者など電離放射線業務従事者では年間50ミリシーベルトを限度に、5年間の平均が年20ミリシーベルト、女性従事者は公衆女子と同じ3ヶ月で5 ミリシーベルトです。緊急時は女子を除いて1回に100ミリシーベルトまででしたが、この事故を受けて1回に250ミリシーベルトまで引き上げられました。
 広島の被爆者追跡調査から、20ミリシーベルト/年の被曝により65歳までに作業者千人あたり1人の超過がん死亡、50ミリシーベルトなら2人の超過がん死亡が起こると推定されています(図5)。
 この程度の超過死亡は、受動喫煙など他の原因でも見られる程度であり、社会的な必要性がある場合にはこれ以下の危険性は許容してくださいということです。社会的許容値は安全値ではありませんが、混同している専門家もたくさんいます。種々の限度値の多くはこの社会的許容値(年に20ミリシーベルト)を元にしています。


図5 ATOMICA(http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/09/09040103/08.gif)より

 一方、原発事故の対応に当たるべき組織の基準が民間労働者の基準より低く設定されていることを今回初めて知りました。自衛隊の内部規則で被曝の限界値が1日1ミリシーベルトとされていたため、避難指示地域の病院から患者を搬送する作業を数時間で中断して退去したため、午後に別部隊が搬送するまでに患者2人が死亡しました。
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103150500.html
 多数の原発を抱える若狭消防組合の要綱では、年間5ミリシーベルト、1回0.1ミリシーベルトと定められており、これでは実際に原発で事故が発生した際に被災地域で消火活動をすることは出来ません(http://www1.g-reiki.net/wakasa-fd/reiki_honbun/aw84801191.html)。
 民間労働者には100ミリシーベルトを超える被曝作業をさせながら、自衛隊は1ミリシーベルトで待避させるというダブルスタンダードは問題です。

内部被曝の許容値、限界値

 内部被曝の限度値は預託線量(70歳までの累積被曝量)で20ミリシーベルト、妊婦を含む公衆は1ミリシーベルトが基本です。地域住民を対象とした周辺監視区域境界外の空気中の濃度限度は、131Iが 5ベクレル/m3137Cs は 3ベクレル/m3です。限度値とはこれ以下なら安全と言うことではなく、これ以上は法令違反で罰則の対象という値です。
 放射線障害防止法施行規則や労働安全衛生法電離放射線障害防止規則の規定では、外部放射線による実効線量と空気中の放射性物質による実効線量との合計が3ヶ月間で1.3ミリシーベルトを超えるおそれのある区域や、物や壁等の表面でα線を放出する物質(ウラン235、238や239Pu)は400ベクレル/m2、それ以外(131I137Csなど)では40ベクレル/m2を超えるおそれのある区域も管理区域です。
 更に131Iは濃度10万ベクレル/kg、総量100万ベクレル、 137Csは濃度1万ベクレル/kg、総量1万ベクレルを超える場合、放射性物質として届け出が必要で、許可なく触ったり動かすことが禁じられています。(電離放射線障害防止規則(電離則)や放射線を放出する同位元素の数量等を定める件の基準
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/anzenkakuho/micro_detail/__icsFiles/
afieldfile/2009/04/22/h121023_05.pdf

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/anzenkakuho/micro_detail/__icsFiles/
afieldfile/2009/06/05/pamphlet.pdf

これらは国際原子力機関(IAEA)の安全基準と同等です。
 国際放射線防護委員会(ICRP)は、内部被曝が年総摂取限度の10分の3(6ミリシーベルト相当)を超えるおそれのある作業場の作業者については日常的な内部被ばくモニタリングの対象とすべきと勧告しています。
 1987年にブラジルで起きた137Cs盗難による汚染事故の際には、空間線量が0.01ミリシーベルト/時以上の地域で妊婦などの制限、0.1ミリシーベルト/時以上で立ち入り禁止とされました(ATOMICA http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-03-02-04)。

福島原発周辺の放射能汚染

 大気中には、3月20日に原発から北西60kmの福島市で131Iが203ベクレル/m3137Cs が32ベクレル/m3、3月23日に南25kmの広野町で131Iが530ベクレル/m3137Cs が7ベクレル/m3、3月29日に北25kmの南相馬市で131Iが63ベクレル/m3137Cs が39ベクレル/m3、3月30日に北西35kmの川俣町で131Iが180ベクレル/m3137Cs が140ベクレル/m3観測されています(文部科学省の測定結果 http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/_icsFiles/
afieldfile/2011/04/18/1304839_041810.pdf
)。
 地震後の累積空間放射線量(24時間屋外にいた場合の外部被曝量)が、4月29日には北西30kmの浪江町で23ミリシーベルト、飯舘村でも13ミリシーベルトになり、4月の1ヶ月間で2倍以上に増えています(図6)。また、新たな放射能漏洩が無いと仮定しても事故後1年間の外部被曝累積線量は、浪江町の一部で300ミリシーベルト、飯舘村で90 ミリシーベルトを超えると推定され、20ミリシーベルトを超える地域が計画的避難地域とされました(原子力安全委員会http://www.nsc.go.jp/anzen/shidai/genan2011/genan022/siryo1-2.pdf)。
 外部被曝のみででも、居住区域の環境基準(3ヶ月で0.25ミリシーベルト)や管理区域指定基準(3ヶ月で1.3ミリシーベルト)を大きく超えており問題ですが、放射線の発生源が土壌や大気中の土埃に含まれる131I137Csであることが最大の問題です。
 地表5cmまでの陸土中には、3月23日に南25kmの広野町で131Iが14万ベクレル/kg、137Cs が3000ベクレル/kg、3月25日に北西30kmの飯舘村で131Iが25万ベクレル/kg、137Cs が6万ベクレル/kg、3月30日に北西30kmの浪江町で131Iが71万ベクレル/kg、137Cs が29万ベクレル/kg、4月15日に北西60kmの福島市で131Iが1万ベクレル/kg、137Cs が2万ベクレル/kg、観測されました。
 小学校の校庭の土壌でも、4月5-6日に川俣町で131I137Cs が共に3万ベクレル/kg、浪江町では131I137Cs が共に2万ベクレル/kgで、地上1mの空気中放射線量は川俣町が6マイクロシーベルト/時、浪江町が21マイクロシーベルト/時でした。
 法令を変更しない限り、137Cs が1万ベクレル/kgを超える土壌は放射性物質と指定し、土壌の隔離と飛散防止措置が必要ですし、累積放射線量が3ヶ月で1.3ミリシーベルト を超える広範囲の地域を管理区域として管理しなければなりません。


図6 毎日JP(http://mainichi.jp/select/jiken/graph/genpatsu_zusetsu/)より

学校の再開基準とALARAの原則

 文部科学省は学校の再開基準として年20ミリシーベルトを提示しましたが、この基準は科学的にも問題ですが、放射線障害防止法や労働安全衛生法違反です。
 学校は労働安全衛生法が適用される事業場であり、3ヶ月間で1.3ミリシーベルトを超えるおそれのある学校の校庭は管理区域として表示し一般人の立ち入りを禁止すること、電離放射線作業主任者を選任すること、そこに出入りする職員は電離放射線作業従事者として、配置前教育、特殊検診などを実施し、個人の放射線モニターを装着すべきですし、妊婦は配置転換が必要です。管理区域には電離放射線作業従事者以外の立ち入りを制限すべきですし、子どもや妊婦の立ち入りを禁止するのは当然です。違反すれば刑事罰の対象です。
 胎児や子どもは様々な有害物の悪影響に敏感です。環境中には多くの有害物があり、ひとつひとつの有害物の影響がわずかでもそれらが複合的に作用して大きな障害が起こることも想定しなければなりません。
 従って、胎児や子どもを含む公衆が影響を受ける環境の有害物管理に関しては、「合理的に達成できる限り低く保たなければならない(As low As Reasonably Achievable、ALARA)」が原則です。
 今回の事故対応で国民の命と健康を守るべき厚生労働省は何をしているのでしょうか。今から50年後に、被災地の子どもたちの中から発がんが増加した場合の責任は誰がとるのでしょうか。原発安全神話が崩壊してしまったので、次は、放射線安全神話をばらまこうという作戦でしょうか。官僚や政治家は「大洪水よ、我が亡き後に来たれ(仏ルイ15世の寵姫ポンパドール夫人の言葉とされる)」という態度としか思えません。

飲料水や食品の限度基準値

 WHO飲料水水質ガイドライン2004(http://whqlibdoc.who.int/publications/2004/9241546387_jpn.pdf)では、年0.1ミリシーベルトの内部被曝に相当する濃度として、核種毎のガイダンスレベルが決められています。事故後厚生労働省が定めた飲料水や乳製品の暫定基準は131Iが300ベクレル/kg(ただし、100ベクレル/kgを超えるものは乳児の飲用には使用しない)、137Csが200ベクレル/kgです。
 被曝量の計算は、摂取したすべての飲食物や空気中の131I137Csなど放射性物質のベクレルを足します。乳幼児ではヨウ素が甲状腺に集積されるため131Iの影響が大きく、成人ではヨウ素の甲状腺への取り込みが少ないため、半減期の長い137Csが問題となります。一時、関東東北の各地で131Iの濃度が上昇しましたが、現在では基準値以下です。今後長期に監視が必要です。

放射性物質の大部分は太平洋に拡散

 原子力安全委員会によると、事故後4月5日までに大気中に放出された放射性物質だけでも、131Iが1.5×1017 ベクレル、137Cs が1.2×1016ベクレル と試算され、チェルノブイリと同じランク7(最大級)の放射能漏洩事故と認定されました。
 大気中への放出は今後数ヶ月単位で続き、海に流出している高濃度汚染水を合わせると、事態が収束するまでに環境中へ放出される放射性物質の量が最終的にチェルノブイリ事故を超える可能性もあります。
 3月14日の3号炉、15日2号炉と4号炉の水素爆発以後の10日間に大量の放射性物質が放射性雲(プルーム)として放出されました(図7)が、不幸中の幸いで、この間陸から海に向かう風向きが多く、放射性雲の大部分(おそらく99%以上)は太平洋上に移動しました。
 ごく一部だけが東北や関東に飛散し、一部は北上してカムチャッカ半島からアラスカに、一部は北米の西海岸やロッキー山脈にも到達しました。131Iが、3月20日にDutch Harborの大気中から2.8pCi(0.1ベクレル)/m3、雨水からは22日に米国北西部のBoiseで242 pCi(9ベクレル)/L、ワシントンDCに近いRichmondで138 pCi(5ベクレル) /L検出されました。
 気象庁が11日から毎日、放射性物質の拡散予測を計算してIAEAに報告し(図8)、それを基に仏、独、オーストリアなど各国の機関がインターネット上に放射能汚染の予測図を公開していましたが、日本政府は4月5日まで国民に隠していました。
 文部科学省が予算120億円をかけて開発した緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステムSPEEDIの結果も公表したのは3月23日以降で、名前に恥じる遅さでした。経済産業省が155億円で開発した緊急時対策支援システムERSSの結果は未だに公表されていません。連日予測結果を公表した仏IRSNの予測システム(図9)などと大きな違いです。
 しかも、3月18日に日本気象学会理事長が放射能影響予測を発表するなと言う通知を会員に出して、予測の公表を抑えました。戦時中の情報統制を思い起こさせます。
 欧米の大使館は上記の情報を基に、自国民に対して東北関東地方からの一時待避を勧告しました。米国では、クリントン国務長官がCNNのインタビューで「日本の情報は混乱していて信用できない」と発言し、米軍機で原発周辺上空の放射線量を測定したうえで、3月16日に自国民に80km圏内からの避難を勧告しました。
 日本政府はこの判断を認めませんでしたが、3月16日のデータ(図10)を見れば気象庁やSPEEDIの試算(図11、12)とほぼ同様で、福島市内を含む60km圏内の汚染が一目瞭然でした。汚染の拡大に伴う避難地域の拡大を避けるために、情報を意図的に隠したのでしょうが、これによって国際的信用をなくし、外国人から見れば日本のどこが危険か分からないという風評を広める結果となってしまいました。
 気象庁やSPEEDIの試算を早期に公表し、それらに基づいて避難地域を設定していれば、浪江町や飯舘村など30km圏外の高濃度汚染地域を長期間放置した問題や安全なのに立ち入れない田村市や川内町などの問題を解消することが出来ました。


図7 内閣府(http://www.nsc.go.jp/info/20110412.pdf)より引用


図8 気象庁の放射能拡散予測図(3月15日)http://www.jma.go.jp/jma/kokusai/eer_list.html


図9 フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)が3月19日に公表した15日の放射性雲拡散予測図 http://www.irsn.fr/EN/news/Pages/201103_seism-in-japan.aspx


図10 米国エネルギー庁が3月16日に作成した、以降1年間の被曝予測図http://mainichi.jp/select/jiken/graph/genpatsu_zusetsu/9.html


図11 遅れて公表されたSPEEDIの積算線量の試算http://www.asahi.com/special/10005/TKY201104110575.html


図12 SPEEDIによる1年間の積算線量の試算http://www.asahi.com/special/10005/TKY201104110575.html

原発労働者の被曝管理、健康管理

 24日に、福島原発で事故対応に当たっている作業者3人が被曝し、2人が入院しました。上半身の被曝量は約180ミリシーベルトでしたが、足が放射能汚染水につかりβ線被曝しました。また、女性作業員の被曝線量が法令で規制されている5ミリシーベルトを超える17ミリシーベルトでした。彼らを含め作業者の多くが下請け孫請けなどの従業員ですが、作業者全員の被曝量は公開されていません。
 調達可能であった放射線測定器の調達も遅れ、高線量区域にもかかわらず測定器なしで作業させたり(その間の被曝量が不明のため公表値以上の被曝がある)、明らかに内部被曝の恐れが高いのに、作業者の内部被曝モニタリングが出来る体制も整えていません(現時点ではあるかもしれない)。
 政府は被曝労働者をデータベース化するとしていますが、それも任意です。東京電力の責任で、生涯にわたって無償で健康管理をする必要があるのは当然です。
 福島原発の放射線管理に関して法令上の責任と権限を持つ衛生管理者、電離放射線作業主任者、産業医の氏名や安全衛生管理の状況報告も公表されず、労働時間や作業条件などの管理が機能しているかどうかも定かではありません。
 非常時といっても、東京電力全体や国全体が被害を受け機能が停止しているわけではありませんし、今後数ヶ月から年単位で継続する作業です。法令に従い、全国から必要な機材や人材を集中すれば、被曝や労働時間を管理しながら事故対応が可能と思います。

もし、北陸の原発事故なら日本の半分が壊滅

 レベル7の大量放射能漏洩がありながら、これまで国内の放射能汚染が比較的軽度であるのは、もっぱら風向きと広い太平洋の恩恵です。福島と同じ事故が北陸の敦賀、高浜、美浜や志賀町の原発で起こっていたら、どうなっていたでしょうか。
 原発などを建設する際には、周辺の地形や気象を考慮して風の動きを予測する「風配図」を作成するはずなので、すべての原発でそれを公開するべきです。それを見ればどの方角が危険か、一目瞭然です。敦賀では弱い風は南北からですが、風速5mを超える風は10月から3月にかけ北西から吹きます(図13)。
 気象庁の放射能拡散予測図の福島原発の位置を志賀町や敦賀に移動してみて下さい。放射性雲の大部分が北西の風に乗って関西の水瓶である琵琶湖(20km風下)や、近畿、中京、北陸、関東まで繰り返し押し寄せ、高濃度汚染水が狭い日本海に放出されます。日本のGDPの大部分を占める地域が高濃度汚染のため長期間立ち入り出来ず、国全体の機能が麻痺することは必死です。
 地震大国、津波大国の日本では、原発事故による被害のリスクがあまりにも大きすぎます。特に、風が陸地に向かい原発が水源の風上にある日本海側や西日本などでは、早急に原発を停止し、電力政策を根本から見直す必要があります。
 福島原発事故を契機に、社会や政治の理念を安全神話から安全第一に、「大洪水よ、我が亡き後に来たれ」からALARAに転換しましょう。


図13 福井県敦賀市の風配図(標準年)http://www6.ocn.ne.jp/~yoaa/life/bottom.htm
青い線/風向きの頻度:1時間ごとに測った風向きの頻度の1ヶ月間の累計。
 どの方向から、何回風が吹いたかわかります。(中心から円の端までの長さが100回)
赤い線/風速:風向き別の平均速度がわかります。(中心から円の端までの長さが秒速5m)



 
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